逆走式ロケ報告・番外編

<逆走式静岡ロケ報告はまだ中途ですが、今回は最近のトピックによる番外編です>

関係者試写でお会いした日仏女性研究学会の伊吹弘子さんに、2月に出たばかりの吉行和子さんの文庫本を頂いた。『老嬢は今日も上機嫌』というエッセイ集。吉行さんには、今回の『百合子、ダスヴィダーニヤ』の前に、3本の浜野組作品に出て頂いている。それについて書かれた文章が、収録されているとか。
原著は、3年前に同じ新潮社から刊行された同名の単行本。吉行さんは俳句を詠む俳人でもあり、簡潔で、意が伝わり、余韻の残る言葉で、あまり一般的ではない女優の生活の周辺や、吉行家の人々が語られている。どれも書き出しの一行が素晴らしい。すっと別の世界に招き入れられる。
浜野組関連では『第七官界彷徨尾崎翠を探して』(98年)に出演して頂いた際の「小説は面白い」というエッセイ。白石加代子さん演じる尾崎翠の親友、松下文子の役だ。この時、尾崎翠の全作品を読んだと言うから、すごい。「第七官界彷徨」について「まず面白い。笑える。切ない」と書かれているのは、さすが。
浜野監督の平凡社新書『女が映画をつくるとき』について触れたのが「映画は生きている」というエッセイ。三百本のピンク映画の先にあった尾崎翠の映画。「私はこの映画に出演したのだが、あまりに威勢がいいのに驚いた。こんな元気のいい女性が、この日本にいたのか、と感じ入り、次の『百合祭』にも出てしまった」。
この『百合祭』(01年)では、ミッキー・カーチスさんとのラブシーンがある主人公を演じて頂いた。さらには白川和子さんとのキスシーンまである。まさに「出てしまった」というのが正直なところかも知れないが、ウィメンズホールでの上映の時には、お母さんのあぐりさんがぜひ観たいと言い出され、お二人で来られた。その後の「親孝行ができた」という吉行さんの感想に唸ったものだ。
『こほろぎ嬢』(06年)の撮影中に書かれたのが「鳥取にて」というエッセイで、その直前に亡くなられた妹の詩人・作家の吉行理恵さんについても語られている。このエッセイは一部を略して、理恵さんの尾崎翠全集の書評とともに、映画のパンフレットに収録させて頂いた。その完全版というわけである。
理恵さんの遺されたお金を、楽しみにしていた映画『こほろぎ嬢』のために使ってほしいと浜野監督に託されたことは、監督が何度も感激をもって語っているところだ。
なお、末尾に収録された「カミサマノオハナシ」というエッセイは絶品。理恵さんを回想しながら、現在の自らの心境を語っているが、読み終わって言葉を失う。おそろしい。

今回のロケは、ドラマ部分は全て静岡で撮影されたが、実景(普通にいえば情景)はその後、実際の舞台であった福島県猪苗代湖磐梯山を撮影した。2泊3日で猪苗代湖の回りをグルグル回ったのだが、宿舎とした天神浜の「こはんゲストハウス」も大震災と原発事故で大きなダメージを受けたようだ。以下は同ハウスのブログから一部抜粋。

地震だけでも酷いのに、原発問題で事態が最悪の状況になってしまいました。福島も観光業も、もう終わってしまいそうですね。
ようやく一年を通じて営業して、集客も上手く行ってさあ、ここからがんばって工夫して、更なる上積みをしたいと思っていたのに、これで全部吹き飛んでしまいました…。
ここからがんばっても、震災前の状況に戻ることは無いでしょう…。自分を取り巻くいろいろな状況を見ると、宿をやめる事を考えなければなりません…。」

奥さんがいればもっとも手広く営業できるんだけれど、と笑いながら、すべて一人でこなしていた中年独身オーナーの笑顔を思い浮かべると、胸が痛む。最初わたしは「ごはん〜ハウス」と勘違いし、食事をするところだと思い込んでいた。
実家は新潟だが、福島県内のホテルで修行したオーナー氏が、バブル期に建てられた社宅を改装してペンションにしたと言う。天神浜や小平潟天満宮も近くにあり、もう一度個人的に足を伸ばしてみたいと考えていた。

オーナー氏は「嵐が弱まった所で、少しアクションが起こせるようになるでしょう。何年かかるか…。」とも書かれているので、再び天神浜でお会いできることを、強く願う。完成した『百合子、ダスヴィダーニヤ』も観てもらいたいし。

早朝の天神浜。海岸とはまた違った、湖の静謐な光景だ。風評被害だけでなく、実害が猪苗代湖畔に及ぶことだって考えられる。海外メディアは「フクシマ」を連呼し、チェルノブイリ並みの扱い。福島県の失ったものはあまりにも大きい。東電は、猪苗代湖磐梯山に何をしてくれたのだ。
下は猪苗代湖の夕景。映画『百合子、ダスヴィダーニヤ』では、名手小山田カメラマンによって、福島県の中央に位置する猪苗代湖磐梯山の無言のスピリットが見事に描かれている。