逆走式・静岡ロケ報告(7)洞口依子さん登場

10月19日。畑毛温泉のN氏邸を、野上弥生子邸に見立て、終日撮影。戦前、伊豆に文化人や芸術家の別荘を作る計画が実行され、N氏宅はそれが今に残った。有形文化財に指定されているお宅で、Nさんご夫妻は日常生活されているが、ロケハンで思いがけないことが起こった。
静岡ロケに最初から最後まで帯同してくれた静岡東部のフィルムコミッション「花道」の土屋学さんが、ご夫妻に浜野監督を紹介すると、奥さんが「あらぁ! 浜野さんだったの!」。静岡市内の中学校時代の同級生だったのだ。全面的な協力が得られたことは言うまでもない。

この日は、野上邸で百合子と芳子が初めて出会うシーンや、女性の小説家同士で愛や性についてディスカッションするシーンなど。
野上弥生子役で洞口依子さんが登場した。弥生子は百合子の先輩小説家として親しく付き合っていたが、この日訪ねて来た芳子を紹介し、二人は急速に親しくなって行く。運命的な出会いだった。

弥生子はスケールの大きな知性的作家で、俗世間と交わることを避け、歴史や人生を観照しながら、書斎で執筆活動を続けた。百合子と芳子を引き合わせた後も、ボルテージの上がる二人の恋の行方を見守りながら、交流を続けた。やがてやってくる無惨な別れを、早くから予見していたのも弥生子だった。

洞口さん、大正時代の着物がよく似合い、知性派作家の風格が自然とあらわれていた。対等にディスカッションしながらも、二人を見る眼差しに、先輩作家としての愛情や気遣いがあふれている。
雑誌『婦人公論』の来年2月号に、吉行和子さんとこの映画について対談した記事が掲載されるので、お楽しみに。

女中さん役で友情出演してくれたのは、いろんなジャンルに神出鬼没の里見瑤子さん。浜野監督とも長い付き合いだ。
この日は雨が心配されたが、無事に庭での撮影を終えることができた。夜は、弥生子が部屋で日記を書くシーンを室内で撮る。
弥生子にしろ百合子にしろ膨大な日記を残しているが(芳子の日記は未刊行)世間に発表する小説やエッセイ以外に、それに匹敵するような日記を書き付けているのは驚異的。